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| 第12回 特定非営利活動法人ゆめのはこ |
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| 子どもの健全育成を促進するため、父母や保護者、保育者に対して、子どもとのコミュニケーション手段の提案・提供を行うとともに、子どもが安全かつ健全に暮らすための家庭環境、経済環境づくりに寄与することを目的に活動しています。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.yumenohako.net/ | ||
| 団体概要 | ||
| 開設 | ||
| 平成18年 | ||
| 所在地 | ||
| 東京都板橋区 | ||
| 事業内容 | ||
| 非営利活動(親子向け冊子の発行など) | ||
| メンバー(理事含む) | ||
| 13名 うち女性6名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 特定非営利活動法人ゆめのはこでイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
佐藤さん(仮名) 特定非営利活動法人ゆめのはこ 事務局長 長男 8歳 |
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| 約10年の銀行勤務を経て、結婚・出産と転機の度にアクティブに動きながらキャリアを積んできた活動的な佐藤さん。 現在は特定非営利活動法人で、親子のコミュニケーションを応援する活動を行っています。 |
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| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
短大を卒業して、銀行に就職し、主に外国為替業務を担当しました。10年くらい経ったころ、金融業界を巡る大きな動きがあり、外国為替のセクションもなくなるかもしれないという状況になったため、半年くらいかけて転職活動をしました。 今までの経験を活かして、商社や貿易関連の会社に内定がでましたが、最終的に選んだのはベンチャーのIT企業でした。 未経験の分野でしかも立ち上げて間もない企業でしたので、不安もありましたが、若いうちに事業の最初から最後まで関わる仕事をしてみたいという気持ちがありましたので、あえて飛び込んでみようと思いました。 ここでは、企画・商品開発から営業までほぼすべてのことに関わりました。そのおかげで企業がどのように事業を立ち上げて軌道にのせていくかという過程を知ることができました。また、視野や人脈も広がったと思います。 最初の転職とほぼ同時に結婚したのですが、その1年後に夫が転勤することになり、退職することにしました。 転居後は、まずはハローワークなどで仕事を探しながら、スキルアップのため職業訓練を3カ月受講しました。Microsoft Officeのコースで、Accessを学んだことが後々の再就職活動で大いに役立ちました。 講座受講中に妊娠がわかり、講座終了後はこのまま出産の準備を進めていくつもりでしたが、家でじっとしているのに耐えられず、子どもが生まれるまで短期でもいいから働こうと、派遣スタッフとして事務の仕事(Accessを使う仕事)に3カ月就きました。 子どもが生まれて、保育園が決まるまでは、パートタイムのPCインストラクターとして土日のみ勤務という形で働きました。 その後、子どもが保育園に入ると、派遣の仕事を3,4社掛け持ちで行うという勤務形態になりました。スケジュールをある程度自由に設定できるので、小さい子どもがいる中での仕事としてはいい環境だったと思います。 ハローワークの職業訓練でAccessを学び実践を積み重ねた結果、転職活動において自分のウリの一つになったことが大きかったですね。 子どもが3歳になった頃、正社員での仕事を探しましたが、子どもがいるということもあり、見つかるまでに半年かかりました。派遣先の一つであった銀行から、「1~2年でいいから」と正社員の話をいただき、もともと銀行業界に戻るつもりはなかったのですが、正社員へのステップアップだと考え、入社しました。 その後、銀行での勤務と平行して転職活動もしていましたが、そこで出会ったある企業で、特定非営利活動法人の立ち上げの話があり、何をやるのか分からない状況でしたが、おもしろそうだと思いスタッフとして入ることにしました。 この特定非営利活動法人では、「親子のコミュニケーションを促進する」ことを目的としており、私は現在事務局で主に広報を中心に活動しています。具体的にはフリーペーパーを発行し、保育園に設置させていただいています。 ここでも以前のITベンチャーのように、企画・取材準備から営業活動まで一連の事業の流れにすべて関わっていますので、大変ですがやりがいがあります。 今後は、団体の事業をより多くの人が関わっていくものにしていきたいと思います。 Q.仕事と家庭の両立は 忙しいときは帰りが遅いこともよくありますが、母親が同居しており、家事を手伝ってもらえるので助かっています。夫も仕事で帰りが遅いので、家事はあまりあてにできないですね。買い物等は生協の宅配サービスなどを利用してうまくやりくりしています。 Q.これを読む皆さんへのメッセージ 結婚や出産、子育て等人生には区切りの時期がありますが、そんな時期に再就職を目指すならば、やはり動くことが重要だと思います。 どんな仕事でも、その仕事をやっていてよかったなという前向きな気持ちを持つことが大事だと思います。そのことで周りの人といい人間関係が築けますし、いい仕事に巡り合えるチャンスも増えるかと思います。 |
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| 第11回 武南病院 ぶなん保育室 (平成22年2月) | ||
| ぶなん保育室は、武南病院・武南病院附属クリニックの看護師を中心とした職員のための保育施設です。福利厚生の一環として、勤務中に0歳~5歳児(6歳の年度末)のお子様をお預かりしています。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.bunan.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 設立 | ||
| 昭和41年11月 | ||
| 所在地 | ||
| 埼玉県川口市 | ||
| 事業内容 | ||
| 内科・外科・整形外科・脳神経外科・リハビリテーション科 | ||
| 従業員数 | ||
| 250名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 武南病院 ぶなん保育室でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
佐藤 文子 さん 武南病院附属ぶなん保育園勤務 保育士(正社員) 長女 16歳 長男 12歳 |
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保育士を経て、様々な職種のパート・アルバイトを経験。子どもが大きくなり、今までの保育士としての経験と子育ての経験を活かし、再び保育士として活躍中です。 |
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| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
保育専門学校を卒業後、埼玉県内の総合病院付属の院内保育園に保育士として入職しました。この保育園では、看護師などのお子様を勤務の間お預かりしていました。 3年間勤務した後、新潟の実家に戻り、地元の社会福祉法人の保育園に入職。2年間勤務し、結婚を機に退職しました。 夫の実家がある埼玉県に引っ越しました。長女が生まれてしばらくして、家計の足しになればと働きに出ることを考え、求人誌を中心に仕事を探し始めました。ただ、こどもが大きくなるまでは、自分の子どもは自分で見ていたいという気持ちが強かったので、子どもを一日預けて働くということは考えていませんでした。幼稚園に行っている間だけとか、パートで時間的な条件が合う仕事を探して、職種などには特にこだわらなかったです。 最初に決まったのが、生協の宅配の仕事でした。週2~3回、午前中のみの仕事で、車でお客様のお宅へ食材を届けるのですが、仕事の間も子どもと一緒にいられるという仕事でした。働く母親にとってはこんな都合のよい仕事はないんじゃないかと思いました。 その後は、様々な仕事をパートやアルバイトという形でやりました。例えば、倉庫でのピッキング、植木店での事務、学童保育のアルバイトなどです。 末子が小学5年生になり、そろそろフルタイムで働きに出ようと思いました。子どもにも相談したところ、逆に勧められ、就職活動を始めました。 あるとき、求人誌に保育士の正社員の求人が載っており応募しました。特に保育士の仕事を探していたというわけではありませんが、保育士の正社員で中途採用の求人は少ないので、いい機会だと思ったのです。 こちらの保育園も病院付属ですが、24時間保育です。正社員の場合は、早番・遅番があり変則勤務になることが気がかりでしたが、家族の協力もあり、今は安心して勤務しています。 保育士の仕事は15年ぶりです。やはり保育のありかた等、昔とは大きく変わっていますので、毎日が勉強の連続です。本を読んだり、保育士の友人に聞いたりと情報収集は欠かしません。 何より以前と違うのは、私自身が子育てをしてきたので、子どもを預けに来られるお母様の気持ち、大変さがよく分かるということです。自分自身の子育て経験が活かされていると思います。 Q.仕事と家庭の両立、ご家族の協力は? 長女が食事の準備などをよく手伝ってくれます。夫の実家にも何かあったら、甘えさせてほしいと事前にお願いしています。 今では家に帰ってから自分の時間が持てるので、家族には本当に感謝しています。 Q.これを読む皆さんへのメッセージ 働いていて、社会とのつながりを持つことの大切さを実感しています。子育てしながらの就職活動は大変ですが、幼稚園に入った、小学生になったなどのタイミングをきっかけにあせらず活動をすることが大切だと思います。 今振り返ってみると、近所の知り合いや友人の紹介で決まったケースも多かったです。みんな私の状況を知っているので、その条件に合った仕事があると声をかけてくれました。 「働きたいけど何かないかなあ」と常にまわりに声掛けしていると、求人誌には載っていない情報を教えてくれますよ。 |
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| 第10回 メディカル・ケア・サービス株式会社 (平成22年1月) | ||
| 高齢者の自己実現と自立をサポート。その人らしい、シルバーライフをサポートします。 | ||
| メディカル・ケア・サービス株式会社は認知症の高齢者を対象としたグループホーム「愛の家」の運営・管理を事業として取り組んでおります。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.mcsg.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 設立 | ||
| 1999年11月 | ||
| 本社所在地 | ||
| 埼玉県さいたま市大宮区 | ||
| 事業内容 | ||
| グループホーム、有料老人ホーム、デイサービスセンター、居宅介護支援事業所の運営・管理 | ||
| 福祉用具販売 | ||
| 従業員数 | ||
| 本社 55名 うち女性17名 (全体 約2,800名) | ||
| INTERVIEW | |||||||||||||||||||||||||||||||
| メディカル・ケア・サービス株式会社でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
荒井 明美 さん メディカル・ケア・サービス株式会社 人材サポート部主任 介護支援専門員/認知症ケア専門士 子ども4人 20歳(男)、19歳(男)、18歳(女)、12歳(男) |
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看護・介護の経験を活かし、現在はグループホームのセンター長の教育・研修を担当。充実した仕事ライフが、家族にも好影響を与えています。 |
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| PROFILE | |||||||||||||||||||||||||||||||
平成元年に看護学校を卒業し、東京都老人医療センターに看護師として入職し、ICUに配属されました。そして、入職後4カ月目の8月に出産。出産のギリギリまで勤務し、10月には職場復帰しました。 出産後、1年間は日勤のみで、実母の協力を得ながら、なんとか仕事と子育てを両立できました。 1年後には、脳外科と神経内科の混合病棟に移り、約3年間こちらの病院に勤務しました。 平成3年に、重症障害児の施設に転職しました。看護学校時代に、障害児施設に2週間実習に行ったことがあり、非常に楽しかったことから、いつかは障害児医療に関わっていきたいという気持ちがあったので、いい機会だと思いました。ここは、重い障害を持った患者の生活支援を行う施設ですが、私は生活支援のなかでも医療面についてのサポートを担当しました。 その後、転居をきっかけに退職し、6ヶ月間つかの間の専業主婦生活を経て、自宅近くに新しく立ち上がった特別養護老人ホームに入職しました。 こちらには7年間勤め、最終的には介護課長として、入居者の生活支援計画の立案や施設の運営面、職員のマネジメント等の経験をしました。 離婚を期に特別養護老人ホームを退職。実家に戻り、救急救命のアルバイトや地元の病院の認知症病棟で勤務しました。 そして、求人誌で新しいホームの管理者の募集をみつけて応募し、現在のメディカル・ケア・サービス株式会社へ入職しました。 入社当初は、メディカル・ケア・サービスの施設で約3年半、ホーム長として勤務しておりました。 この施設は認知症に特化したホームで、少人数の入居者のケアをしています。 今まで老人看護に携わってきましたので、その経験を活かし入居者の方へのケアを行いながらホームの運営面も任されていました。 2か所のホームで勤務した後、本社の配属になり、ケアマネジメント室での勤務を経て、現在は人材サポート部に所属しています。 人材サポート部では、主に教育・研修を担当しており、ホーム長や新入社員の教育・指導を行っています。上司とともに研修プログラム開発や研修講師も務めています。ホーム長の研修は、コミュニケーションのスキルアップを目的としたプログラムで構成されています。当初は現場から離れてしまっていることもあり、ちょっとつまらないなと思うこともありましたが、今は仕事がものすごく楽しいです。 というのも、研修を通じて、ホーム長のみなさんが目に見えて変化していき、モチベーションが上がっていく様子を目の当たりにしたり、参加者同士で感動を分かち合う場面に遭遇したりと、研修の成果を実感できるからなんです。 研修を通じて、全国のホーム長や新入社員の相談に乗ったりと忙しくも楽しい毎日を送っています。 ホーム長を中心とした職員への研修は取りかかったばかりで試行錯誤の連続ですが、今後は研修の形を作り、定着させながらバリエーションを増やしていき、一つの流れを作っていきたいと思っています。そのことにより、職員がやりがいを持って仕事に取り組めるようにしていきたいと思います。 Q.忙しい毎日の中、ご家族の協力は? 仕事は忙しく夜も遅いことが多いですが、夫が家事の大半をやってくれています。かなりの負担だとは思いますが、私が楽しそうに働いている姿を喜んでもらっているようです。今仕事でやりたいことが見えているので、もう少しだけ夫に甘えていこうかと思っています。 Q.これを読む皆さんへのメッセージ 働いているとつらいことも多いですが、仕事に楽しさを見出した時、家族から見て顔がいきいきして見えるようです。そのことで家族が明るくなりますし、家族に与える影響も大きいと思います。 家庭の中にいますと、誰々の奥さん、誰々のお母さんという視点で見られてしまいますが、一歩外に出ると、個人として認められ、仕事に対する評価も得ることができます。自分自身の世界を作ることができるのですね。 個人としてキラキラ輝くためにも、一歩踏み出してみることが大事かなと思います。 |
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| 第9回 株式会社日本レストランエンタプライズ (平成21年12月) | ||
| 鉄道の「食」の進化を担い、「エキナカ」だけでなく「街ナカ」でも多様なフードビジネスを展開 | ||
| 日本レストランエンタプライズは、基幹ビジネスである列車内サービス事業、弁当事業、駅構内のレストラン事業のほか、病院・介護給食サービス・事業所給食サービス、ホテル事業、外商事業など広いビジネスフィールドを掲げ、さまざまな可能性に挑戦しています。食を中心としたサービスを提供する企業として、「安心・安全」を第一とする揺るぎない土台を擁立し、厳しい管理体制で絶対の品質を誇る商品展開を実践しています。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.nre.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 創立 | ||
| 1938年(昭和13年) | ||
| 本社所在地 | ||
| 東京都港区 | ||
| 事業内容 | ||
| 列車営業(JR東日本管内の新幹線、特急列車、寝台列車等の車内販売、食堂車営業 他) |
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| 弁当営業(「駅弁」を始めとして各種弁当、惣菜の製造販売など) | ||
| 店舗営業(駅構内や市中での飲食店経営 他) | ||
| 従業員数(社員・契約社員及び臨時社員) | ||
| 9,100名 うち女性6,300名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||
| 株式会社日本レストランエンタプライズでイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||
三浦 由紀江 さん 株式会社日本レストランエンタプライズ 大宮営業所長 長男 34歳 長女 31歳 次女 28歳 |
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三浦さんは、23年間の専業主婦生活を経て就職をされました。パートで駅弁の販売員として、後に「カリスマ駅弁販売員」として活躍され、現在はカリスマ営業所長として、マスコミからの取材が殺到しています。 |
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| PROFILE | ||||||||||||||||||||||
学生結婚をして、21歳のときに長男を出産しました。それから23年間はずっと専業主婦でした。仕事といえば、大学生時代親類が経営する飲食店などでアルバイトをしたぐらいで、自分で応募をして仕事についたことはありませんでした。 20代のときは、多少仕事をしたいという気持ちはありましたが、長く専業主婦をやっているうちに、外に働きに出ようという気持ちはだんだんとなくなっていきました。 長女が大学生になった頃、ある日、お母さんも外に出て働いた方がいいとアルバイト雑誌を渡されました。長女の友達のお母様は働いている方が多く、私にも外で働いている母親でいてほしかったようです。 夫も子どもが説得したようで、お昼に少しやるんだったらいいんじゃない、という感じで、気が付くと外堀が埋められている感じでした。 長女から勧められて、その気になっていったのですが、何しろ働いた経験がほとんどないので、何をしたらいいのか、何ができるのかというところから考えなくてはなりません。 とりあえず、求人誌の中から、駅弁の販売などがいいんじゃないかということになり、応募しました。ここまでは子どもが全部道筋を作ってくれました。電話したのも長女でしたから。そのあとすぐ自分が代わりましたが。 面接では、その場で採用が決まり、オリエンテーションの後、配属になりました。 最初は10:00~14:00の4時間のパート勤務です。 駅の弁当販売店での駅弁販売の業務です。はじめはトレーナーがついてくれましたが、とにかく分からないことだらけでした。特にハンディ型のバーコードリーダーの使い方が分からず戸惑いましたが、2日後には使えるようになりました。 少し慣れてくると、全てが新鮮で、仕事ってこんなに楽しいんだと感じました。それでお給料がいただけるなんてすばらしいことだと思いました。特にお客さまとの会話が楽しかったですね。だんだんと常連のお客さまも増えて、完全に接客の楽しさにはまってしまいました。 しばらくすると勤務時間も朝の5:30からとなり、仕事の時間が長くなってきましたが、一つだけ心がけていたことは、どんなに忙しくても、家事など家のことは絶対おそろかにしないということでした。 パートをはじめて2年後には店長、その後は統括店長として、8店舗を担当するようになりました。店長になってうれしかったのは、店長になって1年後には駅構内で一番の売上をあげるようになったことですね。 統括店長としては、各店舗のマネジメントを行うわけですが、今までは事務所一括でまとめてやっていた弁当の発注等を、各店長の判断に任せるようにしました。やはり売れ筋商品は現場の店長が一番把握していますし、場所によって、お客様の層も変わってきますから。 店長として勤めている間に、パートから契約社員になりました。契約社員になると1年後に正社員への登用試験の受験資格が得られることもあり、ここまできたら正社員になろうと思いました。そして、1年後に正社員登用試験にチャレンジしたのですが、結果は不合格。その時の悔しさがバネになって、2回目のチャレンジで合格しました。 自分がやってきたことがやっと認められたという思いでいっぱいでした。今まで何度か、自分は評価されていないんじゃないかと挫折感を味わい、やめようと思ったこともありましたが、あきらめずに続けてよかったと思います。 正社員になった1年後のある日、社長と面談があるからと呼ばれました。あとから考えると、それは管理職への試験だったわけですが、その結果は、特例中の特例で5段階昇進の大宮営業所長への任命でした。 後日談ですが、パート時代から、本社で私のことは有名でその手腕が評価されてのことと聞かされ、今まで自分に嘘をつかず一生懸命やってきたことが評価された、ちゃんと見ていてくれたんだと思いました。けれども、実は喜びよりも、いきなりの管理職で、やらなければならないことがいっぱいで、自信もなくどうすればいいのだろうというのが、当時の心境でした。 大宮営業所を変えるという使命があり、とにかくすべて自分でやろうと、今思えばかなり無理していたと思います。何しろ手を抜くことができない性格でしたから。 おかげで一時体を壊してしましました。そんなとき、上司から「得意なことからやればいい。無理しなくていいよ」と助言がありました。 その頃は苦手な数字のこともやっていましたし、部下へも「これをやりなさい」と命令していましたが、それは本来の自分ではなかったんですね。 わからないことは人に聞いたり、苦手なことは人に任せたりすることで次第に素直な気持ちを思い出してきました。スタッフに対する姿勢も、実は子育てと一緒じゃないかと。自分が家庭でやってきたことをそのまま活かしていけばいいんだと思えたことで、接し方が変わってきました。命令するんではなく、「とりあえずやってみて」と考えさせる。子どもに対しても、あれやれこれやれではなく、まずは自分で考えさせるということをしてましたので、同じことだと思いました。 こうして本来の自分を取り戻していきました。 家事で手を抜かずにやってきたことが、仕事上でもこんなに役に立つんだと感じました。 現在は所長として、各店舗のマネジメントのほか、商品開発にも携わっています。各店舗を回り、店長から吸い上げた意見を参考に、地方の駅弁製造業者にも出向いて、作り手と売り手の思いを交換しながら、新しい弁当の開発を行っています。 また、ダイヤモンド社から最近本を出版しました。 「1年で駅弁売上を5000万アップさせた パート主婦が明かす奇跡のサービス」という本で、今まで私が培ったものをまとめたものです。 Q.将来してみたいことは? 販売員の経験を活かして、日本全国の駅弁を、売り手と作り手のそれぞれの視点を織り交ぜて紹介するような本を出していきたいです。 Q.これを読む皆さんへのメッセージ たとえ学歴がなくても、仕事の経験がなくても、年齢が高くても、そんなことは関係ありません。 大切なのは自分で限界をつくらないこと。まずは一歩踏み出すことで、いくらでも道は開けます。 そして、主婦の経験は必ず生きます! |
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| 第8回 富国生命保険相互会社(埼玉支社大宮営業所) (平成21年11月) | ||
| フコク生命は、創業以来の経営理念である「ご契約者の」利益擁護に基づき、お客さまに「安心」を提供できる会社となるよう努めるとともに、保険事業を通じて「社会への貢献」を実現する企業を目指してまいります。 |
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| 詳しくはこちら→http://www.fukoku-life.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 開設 | ||
| 大正12年11月 | ||
| 所在地 | ||
| 埼玉支社大宮営業所:埼玉県さいたま市 | ||
| (本社:東京都千代田区) | ||
| 事業内容 | ||
| 個人・企業向けの保険商品の販売と保全サービス、財務貸付・有価証券投資など |
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| 従業員数 | ||
| 大宮営業所 36名 うち女性33名 | ||
| (全体 13,836名 うち女性11,805名) | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||
| 富国生命保険相互会社埼玉支社大宮営業所でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||
清水 亜紀 さん 富国生命保険相互会社埼玉支社大宮営業所 正社員 長女4歳 次女2歳 |
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清水さんは出産のために前職を退職、出産・子育てを経て前職とは全く異なる仕事にチャレンジ。子育てに適した仕事環境で日々活躍されています。 |
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| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||
学校卒業後、大手の物流会社にアルバイトとして入社し、主に引越作業や電話のオペレーターをしていました。引越作業というと、男性の仕事というイメージがありますが、女性ならではのきめ細かな作業もあり、現場では女性も活躍していました。 入社4年後に結婚、その翌年に長女を出産し、同時に退職しました。 夫が、子どもが小さいうちは家にいてほしいという意見だったこともあり、その後は専業主婦として子育てに専念していました。この間に次女を出産し、2人の娘に恵まれ、充実した生活を送っていました。 専業主婦として子育てをすることは大切なことであり、充実していました。しかし、しばらくすると子ども中心の世界で、外の世界とのつながりが薄れていき、社会に対して自分は何も生み出していないのではないかという気持ちになっていきました。もともと残業も厭わずバリバリと働きたいタイプだったこともあり、また働きたいという思いが芽生えていきました。 夫に再就職の話をしたら賛成してくれて、いよいよ就職活動といきたいところだったのですが、なかなか重い腰があがらず、新聞の求人チラシや街中にあるフリーペーパーを漠然とながめるだけで、特に就職活動らしい活動はしていませんでした。 そんなある日、子どもを連れて買い物をしていると、街頭アンケートということで、フコク生命の方から声をかけられ、いろいろ話をしていく中で、生命保険の営業職の話になり、興味があったらと、営業所への見学に誘われました。全く未知の世界でしたが、働く条件が合致していたので、とりあえず行ってみると、その後はとんとん拍子で、入社が決まりました。不安がなかったといえば嘘になりますが、もともと私自身は、どんな仕事をやろうかあれこれ考えるよりも、選んだ仕事で自分はどこまでやれるかというタイプでしたので、飛び込んでみようと決心しました。また、正社員というのも保険や年金を考えるとメリットが大きかったと思います。 働くとなると子どもを保育園に預けなければなりませんが、営業所には子育てママが多いので、地元の保育園の情報などを教えてくれました。さらに、保育園探しから入園の交渉まで、ほとんど先輩社員の方々にやっていただき、本当に助かりました。 会社の同僚の多くが自分と同じ立場で子育て中ということで、子育ての悩みなど共有できるという点は、働く環境として恵まれていると思います。 今の仕事は、生命保険の営業として、主に契約している官公庁へ赴き、保険の案内をしています。メインの業務は、お昼休みにオフィスに伺い、保険の案内や相談をさせていただくことです。詳しくご案内する場合や契約時には、お客さまにアポイントをとって、別の場所でお会いしたり、ご自宅にお伺いすることもあります。 仕事のやりがいを感じるのは、やはり契約をいただいた時や、お客様をご紹介いただいたときですね。それ以外にも、普段ではお会いする機会がないいろいろな方との出会いがあるということは営業ならではだと思います。人とのつながりや出会いの広がりを実感しています。 Q.仕事と家庭の両立はどのようにしていますか? 職場の環境が、子育て中の女性にとっては非常に適していることもあり、あまり仕事と家庭の両立で大変だと思ったことはないですね。子どもが病気になったりして休まなければならないときにも会社側に理解がありますし、また家では夫が家事全般を手伝ってくれるので、助かっています。 Q.これを読む皆さんに一言 いざ就職となると、どうしても、子どもがいるから大丈夫かな、仕事に向いているかなと考えてしまいますが、一歩踏み出すことが大事かと思います。 私も働きだしたときは、子どもがぐずる場面が多くありましたが、すぐに慣れてきました。意外に子どもは子どもで環境が変わっても自然に適応するものだなあと実感しています。 |
1999年 大手物流会社に就職 2004年 結婚 2005年 長女出産 退職 2006年 次女出産 2007年 富国生命保険相互会社 埼玉支社大宮営業所入社 |
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| 第7回 医療法人 社団東光会 戸田中央総合病院 (平成21年10月) | ||
| 地域に密着し高度な医療で愛し愛される病院を目指しています。 | ||
| 戸田中央総合病院は、創立以来、地域の住民に密着した医療を続けています。 最新の設備とすぐれた診療スタッフによる各種の診療科を擁し、患者様のご要望にお応えすべく充実した医療を日々行っています。特に心臓疾患、脳疾患及び悪性腫瘍に対する診断と治療に最新の機器を導入し、医療の最先端を目指します。 |
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| ●厚生労働省臨床研修指定病院、地域医療連携開放型病院 | ||
| ●財団法人医療機能評価機構認定 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.chuobyoin.or.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 開設 | ||
| 昭和37年8月 | ||
| 所在地 | ||
| 埼玉県戸田市 | ||
| 事業内容 | ||
| 首都圏に24病院・6介護施設を展開する戸田中央医科グループの基幹病院 総病床数446床 |
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| 従業員数 | ||
| 972名 うち女性740名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||
| 戸田中央総合病院でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||
上條 裕子 さん 戸田中央総合病院消化器科 看護師 パート 長女9ヶ月 |
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| 上條さんは最近ママさんナースに仲間入り。看護師として日々患者さんとのコミュニケーションを大事にしながら、自己成長を続けています。 | ||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||
高校の衛生看護科を卒業とともに准看護師の資格を取得しました。その後高等看護専門学校に進み正看護師の資格を取得後、東京都内の総合病院に入職しました。脳神経内科と循環器科の混合病棟で8年間勤務をしました。 ここでは3交代勤務で、残業も多く体力的にも精神的にもつらい部分もありましたが、看護師としてある程度いろいろなことを吸収しました。 環境を変えてみたいと思い、転職を考えるようになりました。特に強く転職を希望していたわけではなく、なんとなく環境を変えたいと漠然と思っていました。 たまたま学生時代の同期が埼玉のクリニックで勤務しており、いろいろ転職の相談などの話をしていたら、そのクリニックの先生に話を通してくれまして、このクリニックへの転職が決まりました。 前回は、病棟勤務でしたが、今度は外来勤務になりました。勤務体系も3交替から、日勤に変わり、日常の生活サイクルも変わり、いろいろな面で余裕ができました。また仕事の面でも、ドクター等職員との人間関係がよく、働きやすい環境でした。 病棟と外来ではドクターや看護師の考え方も異なり、またクリニックではより地域に密着した医療を提供しているということで、患者さんへの接し方が違うので、異なる環境に慣れ、違いを理解していくことで仕事の幅が広がったと思います。 クリニック在職中に結婚しました。クリニックでは働く環境がよかったので、このまま勤務をしていきたかったのですが、夫の両親と同居することになり、夫の実家に近いところで勤務した方がいいということで、クリニックを退職することにしました。 退職後転職活動を行い、結果的に4ヶ月後に現在の戸田中央総合病院に入職しました。決まるまでの4ヶ月間は転職活動をしながら束の間の専業主婦をしていました。 主人の実家が戸田市でしたので、戸田近辺で探しました。転職先となった今の病院は、戸田市周辺で大きな総合病院でしたし、また病棟勤務を離れて間が空いており、そろそろ病棟勤務に戻りたいという気持ちもありましたので、今の病院への転職を決めました。 ここでは、消化器内科の病棟勤務でパート職として勤務しています。日勤で8:30から17:00までの勤務です。 仕事の面では、クリニックでの外来の経験が活かされ、患者さんへの接し方が変わりました。以前は患者さんとの話を合わせていくのが難しい場面がありましたが、クリニックでは様々な患者さんやドクターの話題などを吸収していましたので、現在は患者さんとのコミュニケーションがよりうまく取れるようになったと思います。 現在の職場に来て1年少し経ったところで、出産をしました。出産の1か月前に産休届けを提出していましたが、私の希望で出産のギリギリまで勤務をしました。自宅にいても産休中ウェイトコントロールが難しく、働いていた方がある程度運動できると思ったからです。その後3か月の産休を経て、職場に復帰しました。 ここでは、院内の24時間体制の保育室が完備されていますので、安心して勤務できるところがとても魅力です。 万が一子どもが病気になった時でも、小児科でスムーズに受診ができるので恵まれていると思います。 Q.家族の協力は? 私も働きたい気持ちがありましたので夜勤のないパートなら、ということで、理解してもらっています。 夫の両親とはそれぞれのスタイルに合わせて生活しています。保育園の送り迎えは義父がしてくれて、買い物等は義母が日中にしておいてくれるので、助かっています。義父母にはすごく協力していただいており、本当に感謝しています。 Q.今後はどのように働いていきたいですか? このまま自分の出来る範囲で仕事は続けていきたいと思っています。仕事を通じて、患者さんとかかわりいろいろなことを吸収して人としてより成長していきたいと思っています。 Q.これを読む皆さんに一言 家庭の中にいることも大事ですが、専業主婦で過ごした4か月の間に、社会に取り残されるような感覚を持ったことがあります。働ける実感、人と接する環境にいるということは人として成長するのに大事なことだと思います。 |
H4.4~H12.2 都内総合病院勤務 H12~H19.3 埼玉県内クリニック勤務 H18 結婚 H19.8~ 戸田中央総合病院 消化器科勤務 H20.12 長女出産 |
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| 第6回 株式会社協同制作 (平成21年9月) | ||
| セールスプロモーションの企画立案とそこで利用するツール制作をプロデュースしています。 | ||
| 協同制作は、自動販売機の商品見本(ダミー缶)制作を足がかりに販売促進全般の企画制作を実施しています。キャンペーンの企画運営、POPなどのSPツール制作、さらには景品の開発から生産まで一貫して業務を遂行する体制があります。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.kyodo-pro.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 設立 | ||
| 昭和45年1月 | ||
| 所在地 | ||
| 東京都中央区 | ||
| 事業内容 | ||
| 印刷・加工事業、販売促進事業 |
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| 従業員数 | ||
| 125名 うち女性35名 | ||
| 取組状況 | ||
| 育児休業制度 | ||
| 出産前6週間、出産後8週間の育児休業制度を就業規則に明記。実際に運用されています。 | ||
| 育児休業期間中は部内全員でフォロー。代替要員が必要な場合は、育児休業後会社に戻ることを前提に派遣社員でまかなう体制になっています。総務等が面談を通じて、現在の業務の状況の報告や復帰の意思確認や時期の確認を行っています。 | ||
| 短時間労働制 | ||
| 子どもが満1歳までは、短時間労働制の制度が利用できます。 | ||
| ※これらの制度については、部門長を通じて社内で周知を行っています。 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||
| 株式会社協同制作でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||
| 鈴木 さん (仮名) 株式会社協同制作 正社員 長女19歳 次女17歳 |
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| 鈴木さんは子育てが一段落ついてからの再就職を実現、仕事ぶりが認められパートから正社員へとステップアップを実現しました。 | ||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||
学校卒業後、メーカーに就職、経理事務として3年間勤務し、結婚を機に退職をしました。結婚をしても働き続ける選択肢はあったのですが、主人の転勤があったため、一旦退職することに決めました。 退職の翌年に長女を出産、2年後に次女を出産しました。前の会社を退職してから、11年間は専業主婦として、子育てと家事を中心に暮らしていました。子どもが小さいときはなるべくそばにいたいという気持ちが強かったので、しばらくは働くことは考えていませんでした。 長女が10歳、次女が8歳になったあたりから、あまり手もかからなくなり、落ち着いてきたので、そろそろもう一度社会への参加の機会を得たいという気持ちが芽生えてきました。 子どもが小学校の高学年になると、周りのお母さん仲間の中でも、そろそろパートに出ようかしら、という雰囲気になってくるんですが、そういった環境面の影響があったかもしれません。 午前中のみの勤務だったら、そんなに家事の負担にもならないし、子どもたちが学校から帰ってくるときには、家にいてあげられるので午前中勤務を条件にパートでの仕事を探しました。新聞の折込チラシなどで条件にあった会社を探し、卸問屋の事務職として、平日週5日の午前中4時間勤務のパート職に決まりました。 ここでは、最初に経験したことのある事務職とはいえ、業務内容は異なり、どちらかというと営業事務でした。商品の発注や納品にかかる書類の作成、発行などの業務です。部署内の小口現金の出し入れの業務も行っていました。 この会社には3年間勤めました。 子どもも大きくなり、そろそろフルタイムで働きたいと思い始めていたので、一旦退職しゆっくりと転職活動を始めることにしました。 折込広告を見て、現在の会社に応募しました。家が近かったことと募集職種が営業事務ということが決め手となりました。 フルタイムのパートで、就業規則上は8:30~17:30ですが、パートの場合は、始業、終業時間を30分短縮し、9:00~17:00の週5日勤務です。 協同制作では、営業事務として営業のアシスタント業務を行っています。業務内容は以前の会社の営業事務の仕事にプラスして出荷・在庫管理等の業務が中心です。 入社後2年たった頃に会社から、正社員でどうかという打診をいただきました。パートは有期雇用契約ですが、今後もずっと会社にいてがんばってほしいということでした。有り難いお話しですので、二つ返事でお受けしました。頑張りや能力が認められたということで、仕事のやりがいにつながりました。 業務内容は変わりませんが、勤務時間は就業規則通りの8:30~17:30の8時間勤務です。今は営業所に勤務していますが、本社との売り上げ管理のシステム等新しいものがどんどん導入されています。また一人でこなさなければならない業務範囲も増えていく中で、こういった新しい流れにも順応できるよう日々勉強しています。 ※株式会社協同制作では就業規則を改定し、現在の就業時間は9:00~18:00となっております。 Q.家族の協力は? 夫は仕事の帰りが遅いのですが、それでも気付いたところはいろいろ手伝ってくれます。もちろん子どもも大きいので手伝ってくれます。家庭では、時間がある人や気づいた人が自主的に家事の手伝いをするようになっています。 Q.これを読む皆さんに一言 一度家庭に入ってしまうと、外に出るのに勇気がいるものだと思います。ちょっとしたきっかけ、例えば子どもが大きくなったことをチャンスと捉えて積極的にチャレンジしていくことが大事かなと思います。 |
1985年 メーカーに就職/経理事務 1988年 結婚のため退職 1989年 長女出産 1991年 次女出産 1999年 卸問屋/営業事務(パート) 2004年 株式会社協同制作(パート) 2005年 同社で正社員に |
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| 第5回 埼玉学園大学 (平成21年8月) | ||
| 少人数教育を徹底し、学生の個性を伸ばす学習環境が特徴の大学です。 | ||
| 埼玉学園大学は、「自立と共生」を教育理念としつつ、自分の力で問題を見出し、しっかりと考え判断して、進むべき方向や解決策を探すことのできる人材の育成を目指します。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.saigaku.ac.jp/ | ||
| 大学概要 | ||
| 設立 | ||
| 平成13年4月 開学 | ||
| 所在地 | ||
| 川口市 | ||
| 事業内容 | ||
| 高等教育機関 |
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| 従業員数 | ||
| 181名(教職員含む) うち女性63名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 埼玉学園大学でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 桑原 京子(くわばら きょうこ)さん 埼玉学園大学 総務課 長女5歳 |
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| 接客業から事務職へと転身した桑原さん。結婚、出産を経ていく中で、様々な事務職を経験されています。現在は、お子様との時間を大切にしながら自宅近くの大学で勤務されています。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||||||||
大学在学中に飲食店のアルバイトをしていたのですが、卒業後、そのままその飲食店に契約社員として入社し、接客を中心に1年半勤務しました。 ただ、接客はどちらかというと苦手意識があり、デスクワークの仕事をしたいとずっと思っていました。デスクワークでの仕事を探していると、たまたま父の知り合いの運送会社で事務職の募集があり、紹介していただきました。飲食店を退職した半年後に、一般事務(契約社員)としての転職がかないました。タイミングよく希望の仕事が見つかり、よかったと思います。ここでは主にデータ入力や伝票の入力を担当しました。 2社目に入社してまもなく、結婚をしてその後出産をしました。会社には、出産前に退職願を出していましたが、結局出産する直前まで勤務し出産後に退職しました。 その後は子育てに専念し、子どもが幼稚園に入って多少余裕が出た頃、たまたま見ていた市政だよりに事務職の求人があり、また働こうと応募しました。 市の教育委員会での仕事でしたが、扶養控除内で働くことができ、時間的な融通も利きましたので再就職としては環境的に良かったと思います。 仕事の内容は、同じ事務職といっても前職とは全く内容が異なり、市内の小中学校の備品管理の仕事で、予算の割り振りや金額のチェック等の業務でした。 おかげで多少仕事の幅が広がったと思います。 教育委員会の仕事は1年契約でしたので、その後求職活動をしました。現在の仕事は新聞の折り込みチラシを見て、応募しました。自宅から近かったのが決め手になりました。 大学という教育機関ですが、総務課で事務の仕事をしています。まだ入社して間もないので、今は他の職員の業務の補助をしながら勉強中です。 今の職場の上司は、子育てとの両立にとても配慮してくださいます。幼稚園の行事や子どもの具合が悪いときなど、事情を考慮していただけるので、非常に感謝しています。 家庭では、夫が、私が疲れているときなどに洗い物や洗濯などを手伝ってくれます。朝の忙しいときも、娘の準備などは夫がしてくれます。その間、自分の準備ができるのでとても助かっています。 出産後は、やはり子どもがいることで、それがハンデになった面はあります。ただ、市の広報紙や折込チラシなどをこまめにチェックしていると、条件に合った仕事が見つかるものだと思います。 インターネットの求人情報でも探しましたが、条件がよくても勤務時間が長かったりとなかなか見つかりませんでした。でも、私の場合、地元の情報で、条件の合う会社を見つけることができました。 Q.今後のどのような働き方をしていきたいですか? 子どもを一番に考えたいので、なるべくそばにいてあげられる環境でいたいと思います。一方で、娘が大きくなったらバリバリ働きたいという思いもあります。そうするには今のうちにできることはやっておきたい気持ちもあり、今は両方の気持ちの間で葛藤があります。 Q.転職活動のアドバイス 結婚や子育てと並行しての就職となると、まずいろいろ条件を考えてしまいがちですが、まずは、応募してみて、それから考えた方がよい結果が出るような気がします。 |
2000年4月~2002年10月 学生時代にアルバイトとして勤務していた飲食店に契約社員として入社 2003年4月~2004年3月 配送会社/一般事務(契約社員) この間に結婚 2004年3月 出産 2004年3月~2008年4月 子育てに専念 2008年4月 川口市教育委員会/一般事務(パート) 2009年4月 埼玉学園大学総務課にパートとして勤務 |
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| 第4回 株式会社メイン (平成21年7月) | ||
| 創業以来一貫して教育を柱とした独自の人材サービスを展開 | ||
| お客様満足・社員満足・社会満足を永遠に追求し、「人財」ビジネスを通して、すべての人々に対し、その可能性とチャンスを提供することで社会貢献を果たします。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.cc-main.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 設立 | ||
| 昭和63年10月 | ||
| 所在地 | ||
| 東京都港区 | ||
| 事業内容 | ||
| 総合人材コーディネーション ①人材教育 ②人材派遣事業 ③有料職業紹介 ④警備業 |
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| ⑤ショールーム運営計画・管理 ⑥イベント運営・管理 ⑦キャスティング | ||
| 従業員数 | ||
| 30名 うち女性20名 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||
| 株式会社メインでイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||
| 永澤 裕紀(ながさわ ゆき)さん 株式会社メイン 正社員 長女13歳 |
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| 永澤さんは、ブライダル会社と人材派遣会社の経験を活かし、ブライダルの司会のコーディネート、マネジメントの仕事をしています。持ち前のアグレッシブさとコミュニケーションスキルで着実にキャリアを積み重ねています。 | ||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||
最初の就職は、メガネ・コンタクトレンズの販売会社でした。販売職として勤務してきましたが、2年3ヶ月後に結婚、その後出産直前に同社を退職しました。 退職後、出産し、しばらくは子育てに専念しておりましたが、子どもが1歳8か月のときに、パートとしてブライダル会社に就職、事務職として勤務しました。 その後、離婚しシングルマザーとして仕事と子育ての両立のためがんばってきました。5年後に社内で正社員への話があり、営業・ブライダルプランナーとして正社員になりました。 そして、人材派遣会社に転職、営業・派遣社員のマネジメントの仕事をしていました。 時間が不規則なのと、もっと他の業界も見てみたいという思いから退職を決意しました。 始めは契約社員としての採用でしたが、現在は正社員として勤務しています。 前職のブライダル会社、人材派遣会社での経験が両方生かせるということが決め手になりました。 現在の仕事はブライダルの司会者のマネージメント。具体的には、司会者のスケジュール管理や打ち合わせ、売り込み等の営業活動やブライダルの企画など幅広い仕事をしています。 もともと、じっとしているより、外に出て働く仕事が好きなので、今の仕事は向いていると思います。 勤務は、シフト制で、火曜日、水曜日が休みのパターンが多いですが、残業がそれほどないので、その点はありがたいですね。 また今の会社は社長も女性で、女性社員が多いこともあり、女性の働き方に理解がある点で環境的にも恵まれていると思います。 子どもが生まれてから初めての転職活動では、子どもが小さかったこともあり、なかなか採用されず苦労しました。 ブライダル会社に就職したときは、友人が同社で働いており、友人からの情報が役に立ち、最終的な決め手になりました。 保育園もすんなり見つかり、また子どもを実家に預けることもできたので、その点はよかったと思います。 3社目、4社目のときは、インターネットの就職サイトで探しました。 ただ、サイトに載っている情報だけではなく、同業に勤める友人等の生の情報が非常に役に立ちました。 確かに自分が食べさせていかなければならないのは事実で、人から見れば大変だと思われるかもしれませんが、私自身にはそんなに苦労している感覚はないんです。 勤務先や周りの人間関係に恵まれてきたこと、仕事自体が楽しいということが要因かもしれません。 家庭の中でも、現在は子どもも中学生となり、部活や習い事で忙しい日々を送っています。ともすると、顔をあわせる時間が少なくなりがちですが、一緒にいる時は親子のコミュニケーションを密にしています。 社内の行事で夜遅くなることがありますが、幸い子どもはよく理解してくれています。 何でも話せる親子でもあり、友人同士でもありと、子どもに助けられていることもあるかもしれません。 Q.今後の抱負は? 仕事でいろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。今行っているブライダル司会者のマネジメントの仕事のほか、ブライダルプランナーの養成や派遣などを手掛けていけたらと思っています。 Q.これを読むみなさんに一言 月並みですが、とりあえず行動する事、そのために情報を集めることが大事かと思います。知人友人の情報は、とても役に立ちますし、いろんな人とネットワークを作っていけば道は開けると思います。 |
1993年~1995年 メガネ・コンタクトレンズ販売会社 この間に結婚、退職後出産 1997年~2002年 ブライダル会社(パート~正社員) 2006年~2007年 人材派遣会社 2007年~ 株式会社メイン(契約社員~現在正社員) |
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| 第3回 財団法人りそな産業協力財団 (平成21年6月) | ||
| 埼玉県の産業経済の発展に貢献 | ||
| 埼玉県の産業経済の健全な発展に貢献することを目的として、行政、中堅・中小企業をはじめ各方面のニーズにお応えできるよう、機能の充実に努めながら、各種事業を行っています。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.sarfic.or.jp/ | ||
| 財団の概要 | ||
| 設立 | ||
| 昭38年11月1日 | ||
| 所在地 | ||
| さいたま市浦和区 | ||
| 事業内容 | ||
| シンクタンク ①経済調査事業 ②地域研究事業 ③産学交流推進事業 |
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| 従業員数 | ||
| 24名 うち女性6名(正社員2名、パート4名) | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||
| 財団法人りそな産業協力財団でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||
| 辻 和(つじ かず)さん 財団法人りそな産業協力財団 パート勤務 長男10歳 |
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| 辻さんは、仕事、子育て、PTA活動と毎日がフル活動。 今のご自身に合った働き方で充実した毎日を送っています。 |
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| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||
りそな総合研究所(旧サイギン総合研究所 旧あさひ総合研究所)に新卒で入社し、8年8ヶ月勤めました。地域調査部では、経済情報誌の原稿・調査等を担当していました。 その後、結婚、出産をきっかけに退職し、専業主婦として子育てに専念してきました。 当時、出産・育児休暇をとって、復職するという道もあったのですが、育児と仕事を両立する自信がなく、子育ての大変さを考えて、退職する決断をしました。 元の上司から、「出産・育児休暇に入る社員の代わりにアルバイトに来ないか。」と、声をかけていただいたのがきっかけです。 その時、子どもは3歳で、あと半年で幼稚園入園という時期でした。入園予定の幼稚園は5時までの預かり保育を行っていましたので、「そろそろ仕事を探してもいいかな。」と漠然と考えていた時でもありました。 業務内容は、以前の仕事とほぼ同様で、調査関連のデータ作成と原稿執筆です。 勤務形態はパートで、週3日、午前8時半から12時半までの4時間勤務です。ただ仕事が忙しい時は午後4時頃まで仕事をすることもあります。 もともとは、午後4時までの契約だったのですが、子どもが小学校に入ると早く帰らなければならなくなり、仕事を辞めようと思ったこともありました。しかし会社から、「午前中の勤務だけでも。」というお話をいただき、現在に至っています。 現在、小学校でPTA執行部という役員を引き受けており、仕事のあと小学校に向かう日も多い日常を送っています。 仕事が忙しい時と、学校行事の準備が重なると時間のやりくりが大変です。 また、子どもがインフルエンザで会社を数日休まなければならないときもありました。幸い、仕事の性格上、家でもメール等を利用して仕事をこなすことができたので、なんとか乗り切ってきました。 勤務日や勤務時間を調整していただくなど、会社や部署の方々の協力もあり、その点で大変感謝しています。 Q.今後、どのような働き方をしていきたいですか? 子どももあと2年もすれば中学生ですので、勤務時間を増やして仕事の幅を広げていけたらいいなと思っています。 今は仕事と子育てのどちらも充実した生活を送っていますが、こうした働き方が出来る環境にあることをとても恵まれていると思い、感謝しています。 Q.これを読むみなさんに一言 一度会社を辞めてしまうと、なかなか腰が上がらないとは思いますが、思い切ってチャレンジしていくと視野が広がると思います。 また、子育て等に関する情報は、やはり口コミがほとんどです。お母さん同士のお付き合いも大事だなと思います。 |
1990年4月 ㈱りそな総合研究所(旧㈱サイギン 総合研究所 旧㈱あさひ総合研究 所)入社 1998年12月 出産のため退社 1999年2月 長男出産 2002年~ 財団法人埼玉りそな産業協力財団 |
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| 第2回 小原歯車工業株式会社 (平成21年3月) | ||
| 歯車一筋70余年「標準歯車のリーディングカンパニー」 | ||
| 小原歯車工業は、標準歯車のリーディングカンパニーとして、時代の変化に対応するグローバルな企業を目指しています。歯車を主体とした物作りとサービスを通じ、社会貢献していくとともに、子育てとの両立支援をはじめ従業員にとって働きやすい職場環境作りを積極的に行っています。 | ||
| 詳しくはこちら→http://www.khkgears.co.jp/ | ||
| 会社概要 | ||
| 創業 | ||
| 昭和10年 | ||
| 所在地 | ||
| 川口市仲町 | ||
| 事業内容 | ||
| KHK標準歯車、各種オーダー歯車の製造販売 | ||
| グループ総数 | ||
| 215名(男性194人、女性21人) | ||
| 取組状況 | ||
| 短時間勤務制度 | ||
| 多様な働き方に対応できるように就業時間の一部勤務を免除する制度を導入しています。 正社員のまま、短時間勤務にすることができる制度です。保育園の受け入れやお迎えの時間にあわせ、勤務の開始や終了を通常より30分程度短縮できます。 |
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| 正社員への登用ルール | ||
| 子育てをひと段落して、フルで働けるようになったら、パートから契約社員へと雇用形態を換えていくことができます。基本的に契約社員として3年の経験を積んでから、本人の希望と上司の推薦により、正社員へ登用というルールにしています。 | ||
| ワークライフバランス推進員を選任 | ||
| 出産休暇・育児休業・復職等に関する情報提供や相談に当たらせます。 県の講習会などに参加し、取り組み例をフィードバックしていきます。その内容を元に会社内で研修を行い、「有休をとりましょう」「家族と過ごすために早く帰りましょう」などの呼びかけをしています。 昨年12月には、社内研修として「お父さん応援講座」を開催しました。 |
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| 子育て・記念日用休暇届 | ||
| 子育て中の方向けの有給休暇の届け出様式を作っています。学校の行事やPTA、誕生日などの理由をあらかじめ様式に記載しておき、チェックを入れればいい形になっているので、子育てを理由とした休暇が取りやすくなります。 | ||
| ノー残業デーの実施 | ||
| 社員の健康保持や家族とのコミュニケーション促進のため、毎週水曜日をノー残業デーとしています。 | ||
| 工業見学の随時受け入れ | ||
| 子どもの社会科見学などを積極的に受け入れています。 | ||
| インターンシップの導入 | ||
| 高校生、大学生を対象としたインターンシップを導入しています。 | ||
| その他 | ||
| ・埼玉県「子育て応援宣言企業」に登録しています。 | ||
| ・埼玉県「彩の国工場」に指定されています。 | ||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||
| 小原歯車工業㈱でイキイキ働く女性のインタビューをご紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||
| 本間千鶴子さん 小原歯車工業㈱本社/総務課勤務 長女10歳/長男9歳 |
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| 長年の経理事務の経験を活かし、現在は、地元の小原歯車工業㈱総務課に勤務されています。二人のお子さんを育てながら、とぎれることなく働き続け、子育てに家事に仕事にと充実した日々を送っていらっしゃいます。 | ||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||
専門学校を卒業後、その知識を活かせるコンピュータ会社に就職し、プログラマー・システムエンジニアをしていました。 4年間勤めた後に、法律会計事務所の事務職に転身。弁護士のサポートとして、会計事務や法律事務をはじめ、事務所内の事務全般を担当。18年間勤務していました。 法律会計事務所に勤めている間に、結婚し、子どもが生まれました。 子どもが生まれてからも、仕事を続けやすいように産前産後の休みや短時間勤務など、さまざまな形で配慮していただきました。 事務所が忙しい時は長時間働くこともありましたが、事務所が優遇してくれたおかげで、子育てと仕事を両立することができました。 ここまで待遇をよくしてもらえたのは、勤め始めてから出産まで、10年ぐらい勤務して実績を積んでいたからかもしれません。 事務所には、とても良くしていただいたのですが、勤務地が銀座でしたので、家族と過ごす時間が増えるように、地元企業への転職を考えました。 「地元企業に勤めたい」という希望がかない現在に至っています。以前の経験を買っていただいて採用していただいたのではないかと思います。 総務課では、経理のほか、なんでもやります。今まで法律会計事務所でやってきた仕事をそのまま生かすことができました。 正社員が希望ですが、中途入社の場合、契約社員からスタートするのが会社のルール。勤め始めて、まもなく3年。正社員を目指して日々頑張っています。 会社への通勤時間は、自転車で10分です。 長男は3年生で学童に入っており、長女は小学校5年生で学童をでているので、学校のあとは実家に行っています。17時半に退社し、学童に長男を迎えに行き、その後、実家にいる長女を迎えに行って、それから家に帰ります。15分圏内で回れるくらいの距離なので、18時には夕食を作り始めます。 夫と子供2人の4人家族です。夫は協力的で、私が忙しいと学校の行事に積極的に行ってくれます。 幸い実家がそばなので、子どもが病気のときには、両親に頼んで保育園に迎えに行ってもらったり、朝実家に預けて仕事に行ったり。恵まれた状況で仕事できるから、今まで続けてこられたのだと思います。 Q.今後、どのような働き方をしていきたいですか? 家族と自分に合ったワークライフバランスが取れるように働きたいです。 Q.将来の夢は? 今まで働いてこられたのも、これからも働けることも私一人だけの力ではありません。ですから私がしてもらったことをどんな形になるかわかりませんが、将来恩返しをしたいと思っています。 Q.これを読むみなさんに一言 育児・家事それに仕事までも・・・、とても充実した日々だと思いませんか。大変ですが、私はとても充実しています。そして将来娘の手本になれるようにがんばっています。 |
1984年~1988年 コンピュータ会社 /プログラマー・システムエンジニア1988年~2005年12月 法律会計事務所/事務 ※この間に、 結婚、長女・長男出産 2006年1月~ 小原歯車工業㈱/総務課/事務 |
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| 第1回 埼玉りそな銀行 (平成21年12月) | |||
| 「地元埼玉とともに発展する銀行」を目指して | |||
| 埼玉りそな銀行では、地元埼玉とともに発展する地域に密着した金融機関を目指し、パートタイマーを含め、従業員の約7割を占める女性の積極的な活用に向けて、女性が活躍しやすい職場環境作り(ポジティブ・アクション)に積極的に取り組んでいます。 | |||
| 会社概要 | |||
| 設立 | |||
| 平成14年 | |||
| 所在地 | |||
| さいたま市浦和区 | |||
| 事業内容 | |||
| 銀行業 | |||
| 従業員数 | |||
| 2,914人(男性1,479人、女性1,435人) | |||
| 取組状況 | |||
| 子育てしやすい社内環境の整備 | |||
| 育児休業の拡充 | |||
| 保育所への入所時期などを配慮し、育児休業を子どもが2歳1ヶ月に達するまで取得できるようにした。 託児施設の問題や、「1歳の誕生日を家で迎えたい」などの声を踏まえて、法より長くしている。 |
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| 育児勤務制度の拡充 | |||
| 小学校低学年の児童保育機関に配慮し、育児勤務を活用できる子どもの対象年齢を小学校3年生までとした。 | |||
| 職制(社員⇔パートタイマー)の転換制度の導入 | |||
| 育児の事情等により育児勤務制度を上回る負担軽減が必要な場合に配慮し、社員・パートタイマー間の職種転換の柔軟性を制度的に確保した。 | |||
| 地域の子育て応援 | |||
| 子ども110番の家 | |||
| 埼玉県内の全有人店舗を「子ども110番の家」として、市町村や警察署と連携して、子どもが助けを求めてきた場合の保護や110番通報、保護者への連絡を行う。 | |||
| キッズマネーアカデミー | |||
| 小学校の夏休み期間を利用し、子供向け金融経済新聞「キッズマネーアカデミー」を開催している。運営スタッフは従業員のボランティア、教材は手作り。平成19年8月は、83名の児童が参加した。 | |||
| パパ・ママ応援ショップ | |||
| 県の「パパ・ママ応援ショップ」に協賛。パパ・ママ応援ショップ優待カードを提示いただけるお客さまが新規に住宅ローンの金利を店頭表示金利から1.1%優遇している。(平成20年3月1日現在)。 | |||
| 子育て支援のための様々な取り組みが認められ、埼玉労働局及び埼玉県の表彰を受けています。 | |||
| 均等・両立推進企業表彰-ファミリー・フレンドリー企業部門-埼玉労働局長優良賞受賞 | |||
| 埼玉県あったか子育て企業賞奨励賞受賞 | |||
| 詳しくはこちら→http://www.resona-gr.co.jp/holdings/csr/keyword/women.htm | |||
| INTERVIEW | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 結婚や出産を機に退職されたお二人の再就職までのストーリーを追ってみました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 斉藤さん 埼玉りそな銀行/東部地域の支店勤務/渉外サポートスタッフ 長女14歳/次女12歳/三女10歳 |
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| 9年間の専業主婦生活を経て再就職を果たし、現在、埼玉りそな銀行の渉外サポートスタッフとして活躍されています。仕事に家事にと忙しい毎日ですが、3人のお子さんの成長に合わせて自分らしく働いていきたいと語ってくれました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||||||||
最初の就職は、埼玉銀行でした。正社員として後方事務を経験。 2年間勤めた後、不動産業に転職。 こちらも正社員の事務職として 6年間勤めました。 結婚し、退職と同時に長女を出産。その後、次女、三女を出産し、専業主婦として子育てをしていました。 子どもが成長するにつれ、このまま隔離された中にいるより、少しずつ「自分もなにかやらなければ」という気持ちに。 「まずは体を慣らし、職場での雰囲気をつかむ時期を過ごそう」と考え、三女が幼稚園に入ってから、ファーストフード店のアルバイトとして働きはじめました。10時から14時までの4時間勤務がメイン。子どもを送り出してから帰ってくるまでには、家に戻りたかったので、無理のない範囲でできる仕事を探しました。 最終的には事務職に就きたいという思いがあり、4年勤めた後、転職を考えました。「年齢も上がってきたので、この辺で長く勤められる仕事を・・・」と思っていたところ、近所に埼玉りそな銀行に勤めている方がいて、情報をもらいました。 転職しようと思ってから割と早く、折り込みの新聞広告で埼玉りそなのスタッフ社員の求人をみつけ、だめもとで応募。運良く採用していただけました。 スタッフ社員になるためには、まず派遣登録をします。しかし、埼玉りそなの場合は通常の派遣とは違って、最初から勤務先と仕事内容が決まっているのがポイント。自宅から電車で一駅という距離は魅力的でした。 埼玉りそな銀行に入ってから、1年8か月、融資係のサポート事務をしています。指定日スタッフとして、月13日、9時から16時の勤務。勤務日は同じ係のスタッフと調整したり、繁忙日にはぶつからないように配慮しながら決めています。 最初の勤め先も埼玉銀行でしたが、仕事の中身はだいぶ変わっていました。当時は、大きな端末しかなく、引き出しにはソロバンが・・・書類はもちろんすべて手書き。私はパソコンにはあまり明るくなく、ホームページをみることぐらいしかできなかったのですが、業務端末は定型化されているので、パソコンスキルがなくても抵抗感はなく、すぐに慣れました。 覚えることはたくさんありますが、研修制度も充実していて、導入研修や融資の研修に一日がかりで参加したことも。 長年専業主婦をやってきたので、実際勤めに出てみて、外で働く感謝の気持ちがでてきました。 子どもはさびしい思いをしているかもしれませんが、月13日の指定日勤務なので、学校行事があるときなどは、なるべく行くようにしています。 実母が全面的に協力してくれています。もし、「母がいなかったとしたら、今みたいにすぐに働いたかな・・・」と考えるところはありますね。 主人も協力的で、休みの日には子どもの行事に行ってもらったりしています。 Q.「もう一度働こう」と思った理由は? 1つ目は、収入を得たいということ。 2つ目は、社会人として企業に属し、自分にできる仕事をしてみたいと思ったからです。 Q.将来の夢は? 子どもたちが無事に成長し、それぞれの道で幸せになってほしいと思います。 Q.これを読むみなさんに一言 入る前は心配なことがたくさんありますが、考えるよりまずやってみることだと思います。 |
1986年~1988年 埼玉銀行/事務 1988年~1994年 不動産業/事務 結婚・退職 1994年 長女出産 1996年 次女出産 1998年 三女出産 2003年~2007年 ファーストフード店/販売・調理 2007年~ 埼玉りそな銀行/渉外サポートスタッフ |
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| 伊東さん(仮名) 埼玉りそな銀行/北部地域の支店勤務/渉外スタッフ 長女8歳/次女7歳 |
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| 働き始めてからずっと営業のお仕事に携わってきたという伊東さん。結婚前は、住宅メーカーで飛び込み営業を経験。そのとき培った度胸を糧に、現在、埼玉りそな銀行の渉外スタッフとして活躍されています。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| PROFILE | ||||||||||||||||||||||||||||||||
最初の就職は、化粧品会社。インストラクターとして、訪問販売員に基礎的なことを教える仕事をしていました。3年勤めた後、住宅メーカーの営業職に転身し、個人のお宅に飛び込みで営業。”飛び込み営業”というと大変そうな印象がありますが、好きで入ったので抵抗はありませんでした。 結婚を機に住宅メーカーを退職。もともと仕事をやめ専業主婦になろうという気持ちはありませんでした。7時8時にご自宅を訪問するので9時まで仕事しているのが当たり前という状態でしたので、結婚してそこまで時間をとって働くのはどうなのか・・・という思いがあり、退職を決意しました。 結婚の翌年に長女、続けて次女が誕生しました。 その間、会社勤めはしていなかったものの、自営の商売を手伝っていました。自分自身の中で、子育てだけをやっているという感覚はありませんでした。 再就職を考え始めたのは、長女が3歳になる前。「今ならまだ間に合うかも・・・」でも正社員は無理と思っていました。「30歳を過ぎていて、子どもが2人いると厳しいのでは」 そんなとき、新聞広告で、埼玉りそな銀行深谷支店のロビーの募集を見つけました。週12日、9時から16時。主人から「受けてみたら」の言葉もあり、いざ面接へ。今まで営業畑で働いてきたこともあり、「ワードはできますか?」の問いに正直に「できません」。ダメかなと思っていたところ、職歴を見た面接官から「渉外の仕事があるんだけど」という話をいただきました。「がんばれば上にあがっていける。正社員になることもできるよ。」と言われ、二つ返事でOK。「室内にじっとしていられない性格なので、渉外のほうが続くかな」自分に合った仕事が見つかりました。 はじめは、月12日のパートタイムからスタートしましたが、タイミングよくフルタイムのパートタイマーにならないかという誘いがあり、9時から16時の毎日勤務に変更。その後、一年たたずして正社員への話をいただきました。「チャンスがあれば」という気持ちで試しに受けてみたところ、採用。「ペーパーテストはできが悪かったのですが、実績と面接を重視してくださったのかも。」入行から2年8ヶ月後に正社員に登用されました。 朝は、4時半に起床します。仕事の疲れもあり、夜に負担をかけると体がもたず、朝の方が精神的に余裕があるので、寝る時間をきっちりとって朝早く起き、家計簿をつけたり、日記をつけたり。日記には仕事のことは極力書きません。子どもから聞いた話や悔しい思いをしたことなどを5行くらいで。 仕事柄、経済情報のチェックは欠かせません。新聞を広げて読んでいる時間はないので、朝10分、テレビの視聴で頭に入れています。「最近の金融情報は目まぐるしく変わるので、よくチェックしないと。」 今、子どもは小学生。学童保育に入れているので、6時には仕事を切り上げ、迎えに行きます。会議など、前もって残業がわかっているときは実家の母に迎えに行ってもらっています。渉外は時間をコントロールしやすいのも利点ですね。 帰宅後は、子どもの夕食の準備。主人が帰宅する20時すぎにはもう一度夕食を作ります。週2、3日は病気の妹を介護するため実家へ行き遅くなりますが、なるべく子どもと一緒に寝るようにしてます。 授業参観のある日などは、半日年休を取得。家族が病気になったときのためになるべく有給休暇はとっておきたいので、半日年休をとれることは有りがたいです。 Q.渉外の魅力は? 何度通っても興味を示さなかった方が、何かのきっかけでお取引につながたり、だんだん信頼関係ができてくるところです。 Q.今後、どのような働き方をしていきたいですか。 お客様の信頼を損なわないよう、地域に密着し、メリハリのある営業を心掛け、自身のステップアップを図っていきたいです。 Q.将来の夢は? 渉外に携わる人材を育成していくこと。外回りの営業って聞くといやだという人が多いと思います。机に座って話をするのではなく、一緒に現場を回って、お客様にありがとうと言われる喜び、クレーム対応も含め、営業って楽しいと思える人を育てていきたいです。 Q.これを読む皆さんに一言 目標を掲げ、自信を持って働くこと。思いやり、笑顔を忘れず、ありがとうと言われる喜びを知ってほしいと思います。 |
1992年~1995年 化粧品会社/インストラクター 1995年~1998年 住宅メーカー/営業職 1999年 退職・結婚 2000年 長女出産 2001年 次女出産 2003年12月 埼玉りそな銀行/渉外/スタッフ社員 2006年秋から正社員として勤務 |
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